M&Aコラム

中小企業経営者がM&Aに成功するために知っておきたいこと

はじめに

企業は、国内人口の減少やグローバル化など市場環境の構造的変化に直面しています。加えて中小企業の場合は、人手不足という人的経営資源の制約も受けています。こうしたなかで、中小企業が新規事業展開、事業規模拡大などの成長戦略発動や事業整理による事業再生を図るうえにおいて有効な選択肢がM&Aといわれています。中小企業経営者がM&Aを進める際に知っておくべきことは何でしょうか。

活性化する中小企業のM&A

帝国データバンクの「全国『後継者不在企業』動向調査(2018年)」から、後継者不在企業を資本金別に見ると、1000万円未満ː76.9%、1000万円以上3000万円未満ː66.4%、3000万円以上5000万円未満ː63.4%、5000万円以上1億円未満ː59.0%などとなっています。企業規模が小さいほど後継者不在率が高く、経営者の世代交代が停滞している状況をうかがわせています。

この後継者不在企業の一般的な事業承継策がM&Aです。

『2018年版中小企業白書』の「中小企業のM&A動向」によると、中小企業のM&Aは年々増加しており、2017年のM&A成約件数は526件で2012年比3.4倍増となっています。

同白書の「M&A実施企業の実態」を見ると、買収側のM&A実施目的は売上・市場シェア拡大ː66.2%、事業エリア拡大ː44.4%、人材獲得ː27.1%などが多く、事業拡大のために後継者不在の優良中小企業を積極的に買収している様子がうかがえます。

また、M&A実施形態は事業譲渡41.0%、株式譲渡40.8%、合併15.0%などとなっています。

事業譲渡と株式譲渡の高さが際立っているのは、事業譲渡の場合、買収側は「取得したい事業資産・人材、取引先との契約を選別できる」、「簿外債務の引継ぎや想定外のリスクを回避できる」などのメリットが成功率を高めたと推察できます。株式譲渡の場合は売却側が「他のM&A手法と比べて会社売却手続きが簡単」、「相当な株式売却益を得られる」などのメリットが成功率を高めたと推察できます。

同じく「M&Aの効果」を見ると、2010年度に事業譲受による企業再編行動を実施した企業の労働生産性向上(※)が113.7に対して企業再編行動を実施しなかった企業の労働生産性は103.1となっています。また、2010年度に吸収合併による企業再編行動を実施した企業の労働生産性向上が112.1に対して企業再編行動を実施しなかった企業の労働生産性は103.2となっています。

他方、M&A実施後の買収側の満足度は商圏拡大による売上・利益増ː53.3%、商品・サービス拡充による売上・利益増ː50.8%、技術・ノウハウ等の獲得による相乗効果ː26.8%などの満足度が高く、多少の違いはあるにせよ買収側の多くがM&A実施目的を達成している様子がうかがえます。

※労働生産性向上:2010年度を100とした2015年度の指数

このように、後継者不在に悩む中小企業のM&Aは、売却・買収側の双方にとってメリットが多く、これが中小企業のM&Aを活発化させている背景と推察できます。

国も後押しする中小企業の後継者不在の解決策は何か

中小企業が後継者不在に悩む理由として、一般に次の状況が指摘されています。

●子供や親族の事業承継拒否

中小企業の後継者不在の最多原因が、「身内が後を継いでくれない」(子供や親族の事業承継拒否)といわれています。

同族経営色が濃い中小企業の場合、1980年頃までは「親の背中を見て育った子供」が事業承継するのが半ば常識でした。しかしその後の産業構造の変化、仕事に対する価値観の多様化などによりビジネスパーソンの道、エキスパートの道、学術の道、起業家の道など子供が親と違う道を歩むケースが増え、これが親族内承継を激減させている背景といわれています。

●事業の将来性に対する不安

現在は経営が順調でも、長期的に見て事業の先細りが予測される場合、「後継者を探すのは困難」といわれています。「火中の栗を拾う」人はいないからです。

●負債・簿外債務を抱えた経営

「事業の将来性に対する不安」を抱えた企業同様、負債・簿外債務を抱えた経営をしている企業も後継者不在になりやすいといえます。

●人材先細り

中小企業の多くは人手不足と言われています。人手不足の慢性化は人材の先細りを意味します。いくら優秀な技術を持っていても、人材が枯渇しては事業展開ができません。後継者を見つけるのも困難になります。

このような原因に対して、一般に次の3つが後継者不在の解決策に有効とされています。

●社員からの選抜

親族内承継が不可能な中小企業が次善策とする一般的手段として親族外承継があります。すなわち、勤続年数が長く、業務スキルが高く、自社への忠誠心が強い社員を後継者に選抜する解決策です。このような社員は「社長の片腕」として活躍するなかで経営能力を身につけ、取引先との信頼関係も築いているので、スムーズに事業承継できるケースが多いといわれています。

●外部人材の登用

取引先の社員など、自社の内部事情をよく知っている人材を後継者に選抜する解決策です。いわば「新しい血を導入する」事業承継策です。

社内の人材にない経営的視点や経営価値観を持っているケースが多いので、経営者が気づかなかった発想による事業拡大、新規事業創出、経営革新などを行い、自社を新たな成長ステージに導く事例も珍しくありません。

●M&A

前節で見たとおり、近年増加の一途をたどっているのがM&A実施による解決策です。M&Aの最大のメリットは、「後継者発掘」に困らないことです。前述の「社員からの選抜」も「外部人材の登用」も、経営者の周辺に適任者がいて初めて可能になります。

しかしM&Aの場合は、業界内あるいは産業界全体から後継者を広く募れるので、こと後継者探しに関しては制約がほとんどありません。問題になるのは売却・買収側企業双方の利害調整だけです。そしてM&Aの魅力は、買収側企業の経営資源との相乗効果で早期・着実な事業拡大や企業価値向上が期待できることとされています。

中小企業の事業承継に対しては、国もさまざまな形で支援を強化しています。その1つが2017年度から実施している「事業承継5ケ年計画」です。

同計画は、中小企業経営者の高齢化進行を踏まえ、地域産業の中核になっている中小企業の事業を次世代へ着実に承継するとともに、後継者が新規事業創出、経営革新などに積極的にチャレンジしやすい環境を整備するため、中小企業庁が策定した計画です。

同庁は同計画に基づき、主に次の施策を展開しています。

  • 事業承継プラットフォームの構築......地域ごとに商工会、商工会議所、金融機関などで構成する事業承継支援機関「事業承継プラットフォーム」を構築
  • 早期事業承継の環境整備......資金繰り・採算管理等の経営改善支援により早期事業承継を促進するとともに、後継者が事業承継を契機に経営革新等にチャレンジしやすい環境を整備
  • M&Aマッチング支援の強化......「事業引継ぎ支援センター」の体制強化、民間のM&Aマッチングデータベースとの連携などにより、年間M&Aマッチング件数2000件を目指す
  • 経営人材の事業承継参画促進......事業引継ぎ支援センターと民間人材紹介会社等との連携で、経営スキルの高い外部人材が事業承継に参画しやすい環境を整備

中小企業がM&Aに成功するための課題と注意点

M&A実施は「M&Aマッチング」、「M&A交渉」、「M&A終了後の経営統合」の3段階に大別できます。

『2018年版中小企業白書』の「M&A実施に当たっての課題」によると、中小企業のM&A実施においては、各段階で次の課題を抱えています。

  • M&Aマッチング時......判断材料としての相手先企業の情報が不足、仲介手数料が高い
  • M&A交渉時......売買金額が折り合わない、簿外債務等のリスク、企業文化・組織風土の違い
  • M&A終了後の経営統合時......企業文化・組織風土の融合、買収により移籍してきた社員のモチベーションアップ、人事・賃金システムの統合

M&A実施は上述の課題が付き物といえます。これらの課題を早期に克服し、M&Aを成功させるためには、経営者が注意しなければならない事項があります。

買い手・売り手双方の注意事項

●売買交渉は信頼関係と将来の利益を基に

企業価値はどの財務指標を重視するか、どんな方法で評価するかで算定額が変わります。売買交渉で双方の利害が衝突しやすい事項です。企業価値の算定においては、自社の利害を前面に押し出すのではなく、信頼関係と将来獲得できる利益を基に、適正な妥結点を探る必要があります。

●秘密の厳守

M&Aのマッチング・交渉段階においては秘密厳守が絶対条件になります。M&Aには自社の役員、株主、取引先などの思惑が絡んできます。このためM&Aの情報がもれるとそれぞれの思惑が自社のM&A賛成・反対の対立要因となり、成約直前で破談するケースが珍しくありません。

●信頼できるM&Aアドバイザーを選択する

「M&Aの成否は信頼できるM&Aアドバイザーの有無にかかっている」といわれるほど、M&Aアドバイザーの役割は重要です。M&Aアドバイザーは、①取扱い案件規模と自社との釣合い、②経験と実績、③サービス提供範囲、④報酬体系――などを基準に選ぶのがポイントとされています。

買い手の注意事項

●デューデリジェンスを入念に行う

経営管理が徹底している中小企業は少なく、財務状況が不透明な企業が多いのが実状です。簿外債務を抱えている、経営者が他社の連帯保証人になっている、経営者が自社資産を流用しているなどのケースも珍しくありません。したがって隠れたリスクを発見するため、入念なデューデリジェンスが欠かせません。

●移籍社員の受入れ態勢

移籍社員の受入れ態勢を整備しないままM&Aを進めると、移籍してきた社員のモチベーション低下、退職続出などが発生し、M&A効果を発揮できなくなります。経営統合自体が暗礁に乗り上げるケースもあります。

売り手の注意事項

●買い手候補を広く募る

買い手候補を絞ってしまうと、最適候補を見逃してしまう確率が高まります。候補を近隣の同業者に絞らず、業界内や他業界から自社を必要とする買い手を広く探す根気強さが重要です。

●自社のアピールポイントを明確にする

買い手は経営統合後のシナジー効果を考えて買収の最終判断をします。このため、ブランド力、のれんなど自社のアピールポイントをM&A検討時から明確化しておくことが大切です。

まとめ:目指すべきはWin-WinのM&A

企業価値の向上、雇用の確保、地域産業の承継と発展などが中小企業M&Aの目的とされています。売り手企業は経営基盤の強い企業に買収されることで手塩にかけて育ててきた事業の持続性が担保されます。買い手企業は承継した事業との相乗効果でさらなる発展を目指すことができます。そのためにも双方が「売って良かった、買って良かった」と思えるM&Aの実施が何よりも重要といえるでしょう。