M&Aトピックス
後継者の育て方~準備、判断基準、判断の仕方
はじめに
総合モーターメーカーの日本電産では、2018年4月に創業者の永守重信会長兼社長が会長に退き、50才の吉本浩之新社長を最高執行責任者とする体制がスタートしました。当面は永守氏が最高経営責任者となって経営を見つつ、時間をかけて権限移譲をしていく方針と説明しています。日本を代表する「オーナー経営者」を冠する同社の後継者対策が、今後どのように推移するかに日本中の経営者から注目が集まっています。
企業の後継者対策は日本全体の課題
日本の経営者の平均年齢は61.45歳で、中でも70代以上は26.18%と調査開始(2009年)以降、最高値を示しています(2017年東京商工リサーチ調べ)。さらに、企業の大半を占める中小企業では、その傾向がより顕著です。
なんと、60歳以上の中小企業経営者のじつに2人に1人が自分の代で廃業を予定しているというデータもあります。廃業に納得性があるものは仕方がありませんが、「後継者問題」で廃業せざるを得ないという声が合計で28.6%にも挙がっています(日本政策金融公庫総合研究所(PDF)調べ)。
中小企業は、国内企業数の約99%、従業員数の約70%を占めます。つまり、スムーズな事業承継と後継者対策は、今や日本企業全体の課題と言ってよいでしょう。
後継者対策には準備期間が必要
事業承継は単純な株式の承継や代表者の交代ではありません。企業を存続・発展させるために、現経営者が培ってきたあらゆる経営資源を後継者へ承継することが必要です。そのうえで、誰にどう企業を引き継ぐかを決め、新経営者が適正に運営できる体制に調える必要があります。
事業承継には、
1. 親族内承継
2. 役員・従業員承継(MBO、EBO含む)
3. 社外への引継ぎ(M&A)
の選択肢があります。
こういった"誰にどう引き継ぐか"を決めるためには、一定の準備期間が必要です。一般的に言えば、親族内承継及び役員・従業員承継の場合は、おおむね5年から10年程度は必要でしょう。一方でM&Aを利用した場合は、適切な相手が見つかりさえすれば大きく時間を短縮できる可能性があります。
事業承継と後継者の判断基準
では、準備期間に何をすべきでしょうか。
(1)現状の把握
まずは、会社の現状を知る必要があります。そのうえで、企業を存続させるか廃業するかの判断が必要です。事業規模や収益性がほとんどない、借入金が多い、債務超過など、会社の状況によっては後継者に大きく負担をかけてしまうことも。このようなケースでは企業存続は現実的ではありません。むしろ、禍根を残さないよう廃業して従業員への分配を検討した方が良いかもしれません。
現状を把握するには、経営面、資産面、知的資産面で、会社が何を保持しているのかを「見える化」する努力も必要です。経済産業省では、ローカルベンチマークや知的資産経営報告書など、諸々の企業の現状を顕示するツールの利用を推奨しています。可能であれば活用してみることをおすすめします。
(2)後継者の確定
次に、後継者を決める段階へと移ります。通常ならば、まずは親族か役員・従業員という"身内"が検討対象に上がるでしょう。その場合、候補が以下の判断基準に適うかを見定める必要があります。
・経営意欲・経営者意識がある
・経営理念を共有できる
・社員から信頼を得られる
特に重要なのは、経営理念を共有し経営者の思いを受け継いでもらえるかどうかという点です。経営者は、後継者選びを機会に経営に対する想い、価値観、信条を再確認し、できれば明文化して後継者候補や従業員と共有しておくべきです。
企業には、経営者を中心に培ってきた目に見えない文化や価値観があります。後継者を選ぶ際は、その価値観を持ち合わせているかどうかかが重要なのです。
ただ、必ずしも後継者は、現経営者が描く経営戦略を踏襲しなければならないわけではありません。
なかには、後継者選定で会社が揉めるケースもみられます。特に、経験の浅い身内を選ぶ場合、古参の役員や従業員が反発する恐れがあります。
後継者の選択には極力公平性を期することが大切です。例えば後継者評価リストを作成し、候補者たちに客観的に説明するような対応は必要でしょう。ただし、この際に他の候補者の評価を別の者にも見せたり、評価を公表したりするのは、個人情報問題や士気への影響の問題からも注意する必要があります。
そして、後継者候補が決まったら、後継者教育に移ります。これは、社内の複数の部署で後継者を働かせるOJTや、商工会議所や各種コンサルが提供する公的・私的な社外トレーニングなどが選択肢として挙げられます。
可能であれば、複数の候補者をこの教育期間でじっくり見極め、後継者を決定するというのが理想です。しかし、候補者間の競争意識がネガティブに働き、企業の和が乱れるような悪影響には注意しなければなりません。もしその懸念が大きいなら、早期に候補者を一本化する方がよいでしょう。
(3)承継方法の決定および事業承継計画の策定
後継者への承継方法が決定したら、スケジュールに則って事業承継計画を立てる作業に移ります。
これは、中長期の経営計画として策定することが望ましいでしょう。具体的には、株式、事業用資産や代表権の承継時期を記載した事業承継計画表を作成していきます。後継者とともに作業することで、一種の後継者教育にもつながります。
(4)経営権の分散防止について
一般論では、株式会社のガバナンスの長所は、経営と所有を分離できることだとされています。しかし、特に中小企業では、経営者が経営も所有も担うことが多く、その方が事業継続性の上で健全ともいえます。
したがって、中小企業の経営者は、生前贈与によって極力後継者に株式を集約させることが望ましいでしょう。
今般の事業承継税制の改正で、経営者の親族外を含む複数の株主から3名までの代表者への贈与が納税猶予の対象になるなど、後継者に経営権を集中させやすい状況が整ってきています。後述のM&Aの可能性を視野に入れても、後継者対策と並行して経営権の分散防止を行うことは重要です。新体制移行後も、所有と経営の集中が継続できるよう対策を打っておくべきでしょう。
これらのすべてのプロセスを自社内で実施するのは難しいので、企業コンサルタントや金融機関や商工会、会計士、M&Aアドバイザーなど専門家と相談しながら進めることをお勧めします。
専門家には早めの相談を
日々業務に忙殺されている経営者にとって、事業承継や後継者選びは、つい後回しにしてしまいがちかもしれません。しかし、後継者選びには時間と労力がかかるものだと自覚し、自身のリタイアメント時期を具体的にイメージしておくべきでしょう。
経営に対する想いや信条を確認、明文化し、それを後継者候補を含む従業員たちに伝える作業をなるべく早めに行っておけば、後顧の憂いなく後継者選びに取り組めます。
いずれにせよ、早めに専門家に相談しておくことが何よりも重要と言えるでしょう。