M&Aコラム

もう悩まない。経営者の個人保証

はじめに

中小企業が金融機関から融資を受けようとすると、経営者の個人保証を要求されるのが一般的です。このため「個人保証は融資の絶対条件」と思い込んでいる経営者が少なくありません。個人保証は経営者の経済的重圧になるばかりではなく、事業承継や事業再生の際も足かせとなります。しかし、2014年以降は個人保証なしで融資を受けられる可能性がある道が開かれています。どんな道なのでしょうか。

中小企業経営者を悩ませる個人保証とは?

個人保証とは、中小企業が金融機関から融資を受ける際、経営者あるいはその親族が債務返済を保証すること。返済が滞った場合は、保証人が自分の土地・建物をはじめあらゆる所有財産を換金して返済にあてる義務を負わされます。

金融機関が中小企業への融資に限って個人保証を求める理由は、一般に次の3つとされています。

(1)所有と経営の分離が不明確

中小企業の大半は「経営者=大株主」なので、所有(株主)と経営(取締役会)の分離が不明確で、企業の資産と経営者の個人資産が混然一体になっていると、一般的にみなされています。

このため日本の金融機関は、中小企業融資においては企業と経営者個人を区別せず融資審査や評価を行う慣習が定着しています。したがって「債務返済も企業と経営者は一体」と考えられています。

(2)信用補完

中小企業の大半は部門別・顧客別などの個別収益管理が不十分で、大企業と比べ一般に財務基盤が脆弱とみなされています。このため日本の金融機関はその信用補完として、経営者の個人保証を求める慣習が定着しています。

(3)貸倒れリスクの回避

中小企業に経営者の個人保証を付けないで融資した場合、その企業が倒産すると金融機関は債権回収の手立てがないので、貸倒れ損失を負います。このリスク回避策が経営者の個人保証とされています。

経営者に個人保証を求めるこれらの理由は、金融機関にとって合理性があるとはいえ、すべての中小企業がこの理由に該当するわけではありません。所有と経営の分離が明確で、財務基盤も強固な中小企業は少なくありません。そうした優良中小企業に対しても、単に中小企業であるという理由だけで個人保証を融資条件とする慣習が定着しており、その不合理性がかねてから指摘されていました。

またこの慣習は、中小企業のスムーズな事業承継や事業再生の阻害要因にもなっていました。

例えば事業承継の場合、後継者候補が個人保証を拒絶すると事業承継は暗礁に乗り上げてしまいます。また、不採算事業売却などで事業再生を図る場合も、個人保証は不良債務と見なされるので買収側はその引き継ぎを嫌い、事業再生が頓挫してしまうことも多くありました。 近年、経営者の個人保証にまつわるこれらの弊害が雇用の安定、地域の産業振興・活性化の阻害要因になっているとの認識が高まり、その是正策として策定されたのが「経営者保証ガイドライン(経営者保証に関するガイドライン)」です。

中小企業経営者の悩みを解消できる経営者保証ガイドラインとは

経営者保証ガイドラインは、日本商工会議所と全国銀行協会が合同で設置した「経営者保証に関するガイドライン研究会」が2013年12月に策定した中小企業向け融資の自主ルールです。中小企業融資における個人保証の弊害を排除し、健全な中小企業育成を目指す中小企業庁と金融庁の要請で策定に至り、2014年2月から全国の金融機関に適用されています。

法令ではないので法的拘束力はありません。しかし金融庁が金融機関に「積極的な活用」を促し、中小企業への融資慣行として浸透・定着してゆくよう努めているので、金融機関の中小企業向け融資の実質的準則と見なされています。

同ガイドラインは、経営者が個人保証をしなくても金融機関から融資を受けられる「中小企業に求められる経営状況」を明示しており、この状況に合致すれば個人保証なしで融資を受けられる可能性が高まるとされています。

●中小企業に求められる経営状況

(1)法人と経営者の関係の明確な区分・分離  

➡融資を受けたい企業は、役員報酬・賞与・配当、経営者への貸付など、法人と経営者の間の資金のやりとりを、「社会通念上適切な範囲」を超えないようにする体制を整備し、適切な運用を図ること

➡上記の体制整備・運用状況について、公認会計士・税理士などの外部専門家が検証を行い、その結果を債権者に適切に開示することが望ましい

(2)財務基盤の強化

融資を受けたい企業は、財務状況や業績の改善を通じた返済能力の向上に取り組み、融資に対する信用力を強化すること

(3) 法人と経営者の関係の明確な区分・分離、財務基盤の強化、経営の透明性

➡融資を受けたい企業は、自社の財務状況を正確に把握し、金融機関などからの情報開示要請に応じて、資産・負債の状況や事業計画、業績見通し及びその進捗状況などの経営情報を正確かつ丁寧に説明し、経営の透明性を確保すること

➡情報を開示した後に事業計画・業績見通し等に変動が起きた場合は、自発的に金融機関に報告するなど、適時適切な情報開示に努めること

➡情報開示は、公認会計士・税理士など外部専門家による検証結果と合わせた開示が望ましい

●金融機関に求められる対応

(1) 「個人保証を求めない融資」や「代替的な融資」の検討

融資を求める中小企業が上述の経営状況にある場合、金融機関には、「経営者保証を求めない融資」や「経営者保証付き融資に代わる融資(代替的な融資)」の検討が求められる。

(2)やむを得ず、経営者保証を求める場合の対応

やむを得ず、経営者保証を求める場合、金融機関には以下の対応が求められる。

➡中小企業に経営者保証の必要性や、経営者保証の変更・解除などの見直しの可能性があることなどを丁寧かつ具体的に説明すること

➡適切な保証金額を設定するとともに、「保証債務履行時にはガイドラインに則して適切な対応を誠実に実施する」旨を保証契約に規定すること

「中小企業に求められる経営状況」と「金融機関に求められる対応」は、新規融資と既存融資見直しの双方に適用されます。

事業承継や事業再生をスムーズに進めるには

経営者保証ガイドラインは、事業承継や事業再生を行う際の融資についても、準則として金融機関に次の指針を示しています。

事業承継の場合

●中小企業に求められる経営状況

➡貸し手である金融機関からの情報開示の要請に対して、適時適切に対応する。また、経営者の交代により経営方針や事業計画などに変更が生じる場合は、その点について「誠実かつ丁寧に」金融機関に説明すること

➡事業承継に伴い、新たな融資を経営者保証なしで金融機関に求める場合は、当ガイドラインの「中小企業に求められる経営状況」と同等の経営状況が求められる

金融機関に求められる対応

➡貸し手である金融機関は、前経営者の個人保証を後継者にそのまま引き継がせるのではなく、必要な情報開示を得たうえで改めて保証契約の必要性を検討すること

➡新たな経営者と保証契約を結ぶ場合は、適切な保証金額とし、保証契約の必要性などについて丁寧かつ具体的に説明すること

➡前経営者から保証契約の解除を求められた場合、前経営者が実質的な経営権・支配権を握っているかどうか、既存債権の保全状況、法人の返済能力などを考慮して、適切に判断すること

事業再生・廃業などに伴う保証債務の整理の場合

経営者保証ガイドラインによる保証債務の整理は、主債務者が事業継続を図る場合だけでなく、廃業等により清算を行う場合にも利用することができます。同ガイドラインを利用した保証債務の整理では、金融機関は経営者保証を行った経営者に対して次の措置を取らなければなりません

●一定期間の生計費や華美でない自宅を残すこと

保証人である経営者が早期に事業再生や清算の決断を行い、債権者である金融機関にとって一定の経済合理性が認められる場合には、経営者の申し出を受けて経営者の手元に残せる残存資産に一定期間の生計費(※)相当額や、華美でない自宅を含めることを金融機関が検討する。  

※一定期間の生計費ː標準的な生計費(33万円/月)を、雇用保険の給付期間(90~330日を月換算)に掛け合わせた額を参考に設定される。

●整理手続の専門家による支援

公正な整理手続ができるよう、弁護士・公認会計士・税理士など「専門家派遣制度」による支援をガイドラインに基づき受けられる。支援内容は保証債務整理への助言や残存資産の範囲決定、弁済計画の策定など。

●保証債務免除等の検討

債権者である金融機関からみて、一定の経済合理性が認められる場合は、保証債務免除、前経営者が引き続き経営に携わることなどを検討する。

なお、金融庁は新規融資から保証債務の整理まで、経営者の個人保証に依存しない融資事例をまとめた「『経営者保証に関するガイドライン』の活用に係る参考事例集」を、公式Webサイトで公開しています。中小企業経営者は一度アクセスしてみると良いでしょう。

まとめ:個人保証外しの王道はやはり小手先のテクニックより健全経営

経営者として、経営者保証ガイドラインにおける、「中小企業に求められる経営状況」で提示されている、法人と経営者の関係の明確な区分・分離、財務基盤の強化、経営の透明性の3つをクリアできるような経営努力が求められます。結論として経営者の個人保証を外すためには、銀行との信頼関係を築き健全経営に徹することに尽きるようです。