M&Aコラム

経営者なら知っておきたい「会社売買」のスキームとメリット・デメリット

はじめに

サラリーマンの会社買収がメディアで報道されるなど、会社売買が注目されています。実際、近年はM&Aの中で会社売買の件数は増加しているといわれています。では自社の経営において会社売買はどのような関係や影響があるのでしょうか。

会社売買とは何か?

会社売買に明確な定義やM&Aとの違いはありません。しかしこれまでの取引事例の蓄積から、M&A関係者の間では「事業承継を伴った全株式の譲渡案件が会社売買」との共通認識が形成されているようです。

会社売買が注目されている背景として、次の2つが挙げられます。

第三者への事業承継ニーズ

後継者不在の企業の経営者が高齢化等が原因で事業を継続できなくなった時、かつては廃業するのが通例でした。しかし、これでは雇用喪失、事業ノウハウ消滅などの問題が発生します。近年この問題は、「経営者の社会的責任の放棄」との認識が強まってきました。これを回避する方法として、中小企業経営者の間でも第三者への自社売却ニーズが強まっています。

実際、中小企業庁が出している「事業承継・創業政策について」では、2025年に70歳を迎える中小企業経営者は約245万人で、うち127万人が後継者未定。「この現状を放置すると、中小企業廃業の急増により2025年頃までの10年間累計で約650万人・22兆円のGDPが失われる可能性がある」と危惧しています。そして国も第三者への事業承継政策を推進しています。

会社設立から営業開始までの手続き省略と時間短縮のニーズ

東京商工リサーチの「2018年 全国新設法人動向調査」によれば、2018年の新設法人は12万8610社(前年比2.7%減)で、2009年以来9年ぶりの減少となりました。とはいえ、その前の8年間は連続増加していた訳で、まだ「起業熱が冷めた」とはいえない状況です。しかし新たに会社を設立し、軌道に乗せるとなると複雑な手続きが必要で、時間もかかります。そこで起業家の間では、この手続き省略と時間短縮を図る手段として社歴のある既存企業を買収するケースが増えています。

例えれば飲食店を従業員ごと居抜きで買い取り、新規開店するのも一例です。この方法なら、事業所の取得、設備・機器の購入、従業員採用・訓練などの初期投資を抑制できます。事業ノウハウも獲得できます。このため近年は、新会社設立より会社買収を選ぶ起業家が多いともいわれています。

会社売買は基本的に次の手順で行われます。

  1. 会社売買案件情報の公開(売却側)・収集(買収側)  
  2. M&Aアドバイザーと「秘密保持契約」締結  
  3. M&Aアドバイザーと「アドバイザリー契約」締結  
  4. トップ交渉  
  5. 「基本合意契約」締結  
  6. デューデリジェンス(買収監査)実施  
  7. 「最終契約書」締結

最終契約書は法的拘束力を持つので、同契約書締結をもって会社売買が成立します。

会社売買の実務

会社の売買価格には「相場価格」というものがあります。売買価格の決定に際しては、相場価格を基準に双方が交渉を詰めるのが通例です。一般には次の相場価格算定方式が用いられます。

修正純資産法

修正純資産法は中小企業の会社売買で一般に用いられる方法です。売却側企業の財務諸表を基に、その企業の負債を時価評価した資産額から差し引いて相場価格を算定します。

DCF法

DCFは「Discounted Cash Flow」の略語で、DCF法は大手企業の会社売買で一般に用いられる方法です。会社買収後に予想されるキャッシュフロー額を上乗せし、その額を現在価値に割引して相場価格を算定します。

類似会社比較準法

類似会社比較準法では、会社売買の対象となっている企業と同一業界の企業の平均株価を基に相場価格を算定します。この算定法は同一業界の平均株価を相場価格算定の基準にしているのが、修正純資産法やDCF法との大きな違いです。この算定法を用いると、買収対象会社の企業価値が低くても、その企業が属している業界の価値が高い場合は相場金額が高くなり、買収対象会社の企業価値が高くても、業界の価値が低い場合は相場金額が低くなる傾向があります。

会社売買においては、双方が相場価格を踏まえて価格交渉するのが通例です。これには「個別交渉方式」と「入札方式」の2つがあります。

個別交渉方式

個別交渉方式は、会社売却側・買収側の双方が、交渉相手を1社に絞り込み、会社売買の条件交渉を行う方式です。トップ交渉で合意に至れば、デューデリジェンスで簿外債務が発覚するなど合意の想定外事項が発生しなければ、会社売買が成立するのが普通です。合意に至らなければ、別の相手と交渉し直すことになります。

入札方式

入札方式においては、まず会社売却側が自社の企業概要、売却希望価格、売却理由などの「ノンネーム情報」(自社を特定されないための会社売却概要情報)を公開し、買収側を広く募ります。次に応募企業の中から買収側を数社に絞り込み、これらの企業に買収条件を提示してもらい、最も好条件を提示した買収側と条件交渉を進めます。

入札方式は個別交渉方式と比べ会社売却が短期間で完了することが多く、「自社を高く売りたい」場合に適しています。しかし、入札方式で選んだ交渉相手には売却の義務が発生するので、交渉相手の選定には注意が必要です。

有利な条件と価格で会社を売却するためには、「自社の企業価値」が大きく影響します。自社の企業価値は主に次の要素で構成されます。

  • 取引先
  • 顧客リスト
  • 人材
  • 市場シェア
  • 技術力

会社売却のメリット・デメリット

会社の売却には次のメリットとデメリットがあります。

<メリット>

●会社存続と事業承継

後継者不在と経営者の高齢化で自社の存続が危うくなった時、自社を売却すれば会社の存続と事業承継が図れ、技術力や事業ノウハウの消滅も防げます。

資金獲得

会社売却による売却益は、引退後の生活資金や新規事業を開始する際の資金調達手段になります。

●廃業コストの回避

会社を廃業する場合、解散や清算の手続き費用、設備・在庫処分などの廃業コストが発生し、中小企業でも数百万円から千万円以上の廃業コストが発生するケースがあります。会社を売却することで廃業コストの発生は回避することができます。

<デメリット>

●株主や取引先の反対

株主が会社売却に反対すれば売却は不可能です。また会社を売却しても取引先がこれに反対すれば取引停止の可能性があり、会社を売却する場合は株主や取引先に十分な説明をして同意を得る必要があります。

●ロックアップ・競合避止義務の発生

売却側の経営者には売却後も顧問待遇等で一定期間売却した会社に勤務するロックアップ義務が発生する場合があります。また、会社を売却した経営者がその売却益を元手に同業の新会社を起業した場合は競合避止義務違反に問われる可能性があるので注意が必要です。

会社買収のメリット・デメリット

一方、会社の買収には次のメリットとデメリットがあります。

<メリット>

●事業規模拡大

自社の既存事業と買収した会社の事業とのシナジー効果が働けば、事業規模の拡大を一気に進める可能性があります。また、買収した会社の事業を引き継ぐことで自社にはなかった商品を取り込めるので、商品ラインナップの拡充をすることもできます。

●従業員のモチベーションアップ

従業員はそれまでと異なる企業文化と交わることで互いに刺激を受けるので、モチベーションアップの可能性があります。

●新規事業起ち上げのコスト圧縮

ゼロベースでの新会社を起ち上げるには時間とコストがかかり、様々な起業リスクが発生します。しかし社歴のある企業を買収すれば、これらの時間とコストの圧縮、リスク排除などが可能となり、新会社起ち上げの成功確率が高まります。

<デメリット>

●不良資産・簿外債務の引継ぎリスク

デューデリジェンスが不十分だと、買収会社の不良資産や簿外債務を引き継いでしまうリスクがあります。

●従業員の離職リスク

会社買収による新しい企業文化との交わりは、従業員のモチベーションアップの要因になる反面、摩擦要因にもなり得ます。摩擦要因が強く作用した場合、買収した会社の従業員が離職し、新会社起ち上げが失敗するリスクがあります。

●事業収益低下リスク

自社事業と買収した会社の事業のシナジー効果が働かない場合、買収コスト+事業コストの上昇で事業収益が一気に低下するリスクがあります。

会社売買において売却側が注意すべきこと

 会社の売却に際しては経営者が注意すべきことがあります。

それは買収側の立場に立って売却を図ることです。買収側の目的は「買収する会社の企業価値の獲得」にあります。このため、買収側は以下の要件を満たした売却案件を真っ先に探します。   

  1. 安定的かつ継続的に利益を得られる見込みがある   
  2. 売却会社が展開している事業に将来性がある   
  3. 買収後のシナジー効果が期待できる   
  4. 買収により優秀な人材、高度な技術や特許権、優良な取引先・顧客などを獲得できる可能性がある

換言すれば、これら要件の充足率が高ければ高いほど、相場価格より高い価格で自社を売却できる可能性が高まります。

そのため、特に中小企業経営者は会社売却前に次の対策を実施しておく必要があります。

  • 自社の強み・弱みの把握による経営課題の明確化と解決
  • 会社資産と経営者の個人資産の完全分離
  • 知的資産の洗出しと評価
  • 過剰在庫、不良資産、遊休資産などの処分と換金
  • 経営者と従業員の職務権限の明確化等組織体制の整備
  • 従業員の処遇明確化等人事・労務体制の整備
  • 業務の標準化と業務マニュアルの整備
  • 情報管理・セキュリティ体制の整備
  • コンプライアンス体制の整備
  • 企業価値の向上を目的とした業務改善運動の推進

会社売買において買収側が注意すべきこと

買収に際しても、買収側が注意すべきことがあります。それは次の3事項に集約できます。

従業員引継ぎの確認

友好的買収で買収手続きを完了しても、買収後にそれを知らされた従業員が買収側への移籍を嫌い、次々と離職してしまうケースがあります。このような場合、買収に成功しても期待していたシナジー効果を得られないのが通例です。したがって、売却側が最終契約書締結前に従業員の理解と賛成を得られる措置を講じており、従業員を確実に引き継げるか否かの確認が不可欠となります。 

取引先や顧客の引継ぎの確認

買収に成功しても取引先や顧客が買収を嫌い、取引先や顧客を引き継げないケースがあります。このようなトラブルが発生すると買収効果が半減してしまうので、取引先や顧客を引き継げるか否かの確認が不可欠となります。 

売却理由の精査

買収のシナジー効果を確実に発揮させるためには、売却理由の精査が必要不可欠です。後継者不在等による売却など、合理的理由があれば問題はありませんが、事業の先細り、業界の衰退、買収した企業の社会的信頼の失墜などが売却理由だった場合は、最終契約書締結前でも買収の中止を決断することも必要です。

この他、買収には簿外債務、保証債務、隠れリスクなどの様々なリスクが付きものなので、徹底したデューデリジェンスは不可欠事項です。

会社売買の成功にセオリーはない

会社売買のケースは千差万別です。このため会社売買においては成功の方程式やノンリスク案件といったものは存在しません。強いていえば、信憑性の高い交渉先の情報をどれだけ多く集め、それをいかにして精度の高い手法で分析し、シミュレーションできるかが成功確率を高める要件といえます。これを社内の人材だけで行うのは不可能なのが現実です。したがって、会社売買を行う際は、その準備段階でM&Aアドバイザーの活用を検討するとよいでしょう。