M&Aトピックス
経営者なら知っておきたい「事業売却」のスキームとメリット・デメリットとは?
はじめに
M&Aというと企業の合併・買収をイメージするのが普通です。ところが近年、M&Aの中で増加しているのが「事業売却」です。特に収益性が低いと判断された不採算事業やノンコア事業の売却案件が増加しているといわれています。事業売却は企業にとってどのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。そして事業売却をする際の注意点とは?
事業売却とは何か?
事業売却とは、自社事業の一部または全部を売却することです。
その理由の大半が不採算事業やノンコア事業など自社には不要と判断した事業の整理といわれています。事業売却が増加しているのは、経営のコストパフォーマンスが重視されるようになった近年、「事業の選択と集中」の経営課題を達成する手段として、企業規模の大小を問わず事業売却を実施するようになったのが背景といえます。
会社の売却価格は「企業価値」が決定要素になります。すなわち修正純資産法、DCF法、類似会社比較法などで算定した「相場価格」を基準に、企業価値の評価額をどこまで上乗せするのか、あるいは差し引くのかの交渉で売買価格が決定されるのが一般です。
対して、事業の売却価格は「事業価値」が決定要素になります。このため「事業時価純資産+営業権(のれん代)」の計算式で算定するのが一般です。
事業時価純資産は決算書から容易に算定できますが、問題は営業権です。
営業権とは「その事業が利益を産み出す力」のことで、買収側にとっては「買収後のキャッシュフロー」となります。営業権は一般に「営業利益×3~5年」で算定されます。ところが、営業権はその事業の差別化力・市場競争力、その事業の取引先・顧客の属性などの要素で構成されており、数値で定量的に把握できるものではありません。市場環境の変化により営業権の構成要素が弱体化するケースが珍しくありません。
したがって、「営業権の利益産出力が何年持続するか」が、売買交渉における争点になります。
しかし営業権の利益産出力持続期間は将来予測に他なりません。将来予測には双方の主観や恣意が働き、売買交渉が難航するするケースもあります。
これを避けるためにも、緻密なシミュレーションによる客観的予測が重要になります。
事業売却は基本的に次の手順で行われます。会社売却手順とほぼ同一ですが、最終契約書締結後も手続きが必要なので、会社売却の場合より若干煩雑です。
- 事業売却情報の公開と買収企業の募集
- 買収側が提示した基本条件を検討し、売却先を選定する
- M&Aアドバイザーと「アドバイザリー契約」締結
- トップ交渉
- 買収側と「基本合意契約」締結
- 買収側のデューデリジェンス(買収監査)受け入れ
- 取締役会での承認決議
- 「最終契約書」締結
- 公正取引委員会へ事業売却の届け出
- 株主への事業売却の通知・広告と株主総会での事業売却承認特別決議
- 事業監督官庁への許認可変更手続き・届け出
事業売却のメリット・デメリット
事業売却には当然のごとくメリットとデメリットがあります。したがって、事業売却を検討する際はこの双方を客観的に評価する必要があります。
事業売却のメリット
事業売却の主なメリットは次のものとされています。
●売却益の獲得
売却益を負債返済、新規事業投資の原資などに充てられるので、経営安定化や経営基盤強化が可能になります。
●従業員の温存が可能
会社売却と異なり事業売却の場合はその事業に従事していた従業員を買収会社へ引き継がないのが普通(引き継ぐ場合はそのための契約や従業員の同意取り付けが必要)。したがって、教育コストをかけて育成した貴重な人材を主力事業の人員強化、新規事業の立ち上げ要員などに振り向けることができ、人材の有効活用が図れます。
●経営資源の温存が可能
事業売却は不採算事業やノンコア事業を対象に行うケースが多いので、この場合は経営資源の大半を温存できます。
●不採算事業、ノンコア事業など不要事業の整理
不要事業の整理により、事業の選択と集中および経営資源の効率化が可能になります。
●経営リスクの低減化
不要事業を整理することで、経営リスクの低減化を図れます。
事業売却のデメリット
一方、事業売却の主なデメリットは次のものとされています。
●株主総会の特別決議が必要
会社売却と異なり事業売却の場合は株主総会の特別決議が必要です。このため、苦労して締結した最終契約を株主総会で否決されないよう、議決権の過半数を有する主要株主に対する根回しが欠かせず、売却手続きに手間と時間がかかります。
●負債の整理が必要
負債を抱えた事業は買収側にとって事業価値が低いので、買い叩かれるのが通例です。したがって、このような事業を売却する際は売買交渉に入る前に負債を返済しておくか、売却を先送りにするかの選択が迫られることになります。
●希望価格で売却できない
事業の売却価格は買収側との交渉で決まるものなので、売却価格が売却側の想定を下回るケースは少なくありません。これを避けるためには事業価値の「磨き上げ」、トラブルを始めとする各種事業売却リスク排除などが必要になります。
●売却益に課税される
事業の売却益には法人税が課税されます。課税額は「売却額-売却資産の簿価」で算定されます。売却益がマイナスの場合はそのマイナス分が法人税額から差し引かれますが、プラスの場合はそのプラス分に約40%の法人税額が課税されます。このため、節税対策や緻密な資金計画(売却益を原資に新規事業起ち上げを予定している場合)をしておかないと、当てにしていた売却益の用途が制約されてしまいます。
事業売却を行う際に注意すべきこと
事業売却の究極の目的は企業再生、組織再編、経営基盤強化などにあります。
そのためには、事業売却に向けた入念な準備と計画性・戦略性が欠かせません。そこで事業売却において経営者が注意すべきことは、次の事項です。
- 自社の強みと弱みを分析し、残す事業と売却する事業を分別する
- 自社において必要でもアウトソーシングで代替可能なノンコア事業は売却する
- M&Aアドバイザー等に依頼して売却予定事業の客観的な価値評価を行い、売却適正価格を把握する
- 売却予定事業のアピールポイントを中心に高値売却計画を策定する
- 売却予定事業の営業権の毀損防止やリスク排除措置を講じる
- 高値売却に向け事業価値を高めるための業務改善運動推進などにより、売却適正価格の底上げを図る
- 取締役会での承認決議を得るまでは社員、取引先など社内外の情報漏洩防止を徹底する
- 債権者の反対で売却が頓挫しないよう、売却予定事業に負債がある場合は返済をしておく
- 事業売却益の節税対策をしておく 事業売却の適切なタイミングを計る
- 事業売却以外の選択肢も検討する
「初めに売却あり」は失敗の素
買収側にとって債務引継ぎリスクのない事業売却は、会社売却より売却交渉がスムーズに進むメリットがあります。しかし事業売却はあくまでも企業再生、組織再編、経営基盤強化などの選択肢のひとつに過ぎず、唯一絶対の方法ではありません。したがって、事業売却を検討する際は「初めに売却ありき」ではなく、株式譲渡、事業提携、共同事業化など他のM&A手法とのメリット・デメリットを見極めた上で、自社に最適と判断できる企業再生、組織再編、経営基盤強化の方策を柔軟に検討すべきでしょう。