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役員の退職金制度、いつ見直しましたか? 節税効果の視点がポイント
はじめに
社員を募集し、長く働いてもらうためには退職金制度を設けることはひとつの有効な方法です。定年退職や中途退社の社員が1年のうちに何人かいるという状況ならば、退職金の算出方法について身近に接していることも少なくないでしょう。しかし役員や経営者の退職金についてはどうでしょう?会社に関する法律や税法は、時代とともに変わります。退職金が高額になる役員の場合、原資の調達方法のみならず、現在の税法に合わせた節税の方法に関して、必要なときに備えて定期的に見直しておくことが大切です。本稿では経営者や役員の退職金とその制度について整理しました。
退職金は必ず支給しなければならないというものではない
一般的な社員の退職金の制度と、役員・経営者における退職金制度について見ていきましょう。
社員と役員・経営者における退職金の意味
退職金は、会社によっては「退職手当」「退職慰労金」などと呼ばれることがあり、経営者と雇用者との長期間の安定した関係を維持することを主な目的とし、日本では多くの企業が採用しています。しかし実は法律により制度を持つことが定められているわけではなく、会社の自由裁量で採用するかしないかを決めています。その点では、規定等が明文化されておらず、計算方法、支給方法、支給期間等が曖昧であったり、支給方法や支給期間に応じた経理上の損金扱いなどで、税法上の問題が生じるようなケースが放置されていたりすることがありえるので注意が必要です。
「退職慰労金」という名前のとおり、長年の勤務に対する慰労の意味があるので、自らの希望による「自己都合退職」と、規定の年齢まで働いた「定年退職」では、定年退職の方が高額になるよう設計されているのが一般的です。また会社の要請等による「会社都合退職」も、上乗せなどの優遇措置が用意されています。退職金というと退職後に一括して支給する「退職一時金」のイメージが強いですが、退職後の一定期間や生涯に渡り受け取るタイプの「企業年金制度」等もあります。
社員の退職金の算定方法等は社員規定等に記載されており、社員がいつでも閲覧できるようになっています。時流や企業の財務状態に応じてその内容が改定されるからです。
社員の退職金は慰労の意味合いが中心となりますが、一方の役員や経営者の場合は経営層としての「功績」に重きが置かれて支給される傾向にあるため、社員の退職金とは算出方法が異なります。
会社の定款における役員退職金の規定
経営者としての「功績」で退職金を算定する役員や経営者の退職金ですが、注意しなければいけないのは、好調な業績が続きその功績が認められたとしても、その年の役員の退職金だけ大きく上乗せをするようなことができない点です。そのひとつの理由として、節税目的で多額の退職金を支給する行為を防ぐことが挙げられます。そのため「会社法」では役員の退職金について、「取締役の報酬・退職慰労金等は定款に定めがあるか、株主総会の決議によって具体的な金額か算定方法が定められているもの」としています。社員に比べると、役員クラスの退職は少ないこともあり、急成長した会社や同族で営まれてきた会社等では、このあたりの意識や社内規定が曖昧なままであるケースが起こりえます。
それでは、役員等の退職に関わる規定が定款に定められておらず、また株主総会の決議も難しい場合、役員の退職金は支給されないのでしょうか。そういったケースでは、その役員の活動の実態に即した判断や、判例等の実例にそって支給されることになります。経営者の示威的な意思で役員の退職金の支給を拒否できないような仕組みであると言えます。
このように役員の退職金に関しては税務上の問題を発生させる危険があります。そのような事態にならないように、事前に規定を設けて置くことが大切です。
役員・経営者退職金の算出・支給方法
それでは具体的に、役員や経営者の退職金の金額や支給方法の定め方について見てみましょう。
役員等の退職金額の算出方法
不当に高額な退職金は、利益の調整(節税策)と見なされるケースがあるというのは前述のとおりです。役員の退職金は第三者が見ても納得できるような合理的な方法で決められなければならないことになります。しかし、法人税法ではその規定や計算方法などが定められていません。そのため、次のような計算式で算定されることが一般的です。
- 最終役員報酬月額×役員在任期間×功績倍率
一般的には会社に対する功績に応じて「功績倍率」というものをもとに支給することになります。ひとつの目安として、代表取締役の退職ならば2~3倍程度とされています。それでも「最終役員報酬月額」が高かったり、功績倍率が大きかったりすれば高額になってしまいます。それを防ぐには過去の役員退職金の支給額に合わせるのがひとつの方法です。もしそういった比較情報が社内にあまりない場合は、同業他社の水準と比べてみることで、高額になりすぎることを防ぐことができます。
支給方法・損金算入時期
続いては、実際の支給と経理上の損金としての繰り入れ時期について見てみます。まず、支給の手続きは以下のようになります。
- 取締役に対する報酬の一部とされ、株主総会を経て承認され、その事業年度に損金扱いにするのが原則。
しかし、その事業年度に損金扱いにすることで、利益額等の業績に影響が出ることがあります。本業以外の損金なので、けっして事業の結果ではないのですが、取引先や融資先への印象に配慮したい場合は、次のような支給方法と損金計上方法が認められています。
- 分割して支給:複数年度の分割支給が可能であり、損金計上もその年一括、実際に支給した時期に合わせた分割計上が可能。
ただし、一括損金計上する場合で、支給期間が長い場合は損金として認められなくなることもあるので注意が必要です。5年以上の分割期間になると「退職年金」扱いになる可能性があるので期間は5年未満が望ましく、一般的には3年程度が支給期間の目安と考えておくとよさそうです。
役員・経営者退職金の節税施策
続きまして節税施策について、あらためて考えたいと思います。
役員退職金の節税効果と注意点
基本的には、「役員報酬」は経理上、一般の社員とは別の勘定になります。また、役員の退職金は、役員の功績に合わせて支給される慰労金でもあるので、通常の役員報酬に比べると税金上の優遇措置があります。そこで受け取る側に配慮した節税対策としては、退職金を受け取ることが予定されている年の役員報酬の金額を下げ、その分を役員退職金に上乗せするという方法があります。この結果、その年に受け取れる役員報酬と退職金の総額は同じでも、税率で優遇される退職金の比率が高くなるため、トータルで支払う税金額を少なくできるのです。
しかし、そういった調整ができる分、役員退職金に対する税務署の調査は厳格です。一般的な基準等を逸脱して高額と判断されると「損金不算入」という扱いになります。その算定の基準や根拠となるのが、前述の功績倍率です。損金に不算入の部分は経費とならないので法人税の対象となり、役員報酬の扱いになるので受け取る側もその分の所得税を支払うことになります。つまり、2つの税金面で節税効果上好ましくない結果となるわけです。
そして税務署の調査ですが、役員や一般社員への聞き取りなどもあり、退職した経営者が実権を握っているなどの事実が判明するようなことがあれば、退職金としては扱われないことになります。ヒアリングした結果、多くの役員が退職金の事実を知らない場合なども、取締役会を経た正式な決定ではないと見なされて、役員退職金の金額等について不当なものと判定されることになります。
整理すると次のようなルール等に従って役員退職金額の決定や支給を行うことで、「損金不算入」の扱いになるリスクが減ります。
- その年の役員報酬を減らし役員退職金にその分を廻す場合は、役員報酬額は2分の1未満の減額に抑える。
- 会社登記に明確な役員報酬の算定基準、支給基準などを記載する。
- 株主総会を経て、退職する役員の役員退職金について周知し、それらの総会議事録を残す。
生命保険を活用して役員退職金の準備と節税
そもそも、役員退職金を積立金で内部留保すると、その間は損金処理できないだけでなく課税対象となってしまいます。また、役員退職金の支給時に一度に損金として計上すれば、単年度での事業の業績を圧迫しかねません。そこで考えてみたいのが生命保険の活用です。
保険の種類によっては生命保険料を損金処理できるので、それを役員退職金の原資調達に活用するという方法です。毎月や半年に一度など、定期的に生命保険の保険料は支払うことになるので、それらの全部または一部を損金で継続的に処理します。そして退職時にはその生命保険を解約し、積み立てられた返戻金を役員退職金に充当するという方法です。積み立てる金額が損金として扱えること以外の利点としては、積みあがった保険料を担保に貸付を受けることができることがあります。また、万が一、生命保険の対象者である経営者や役員の死亡等には生命保険として保険金が支払われるので、経営者不在による事業の滞りで一時的に起きる運転資金の不足などにも対処できるのです。
定期的な見直しで効果的な原資の調達と節税を
退職金は、節税効果等の関係で税務署も慎重に調査します。そして企業にとって退職金の準備と支給は、大きな負担でもあります。さらに退職金を受け取る経営者や役員も注意しないと多額の所得税を払うことになりかねません。一度、現在の税法等に合わせた役員退職金について見直しすることをお勧めします。