M&Aトピックス
成長戦略の後押し M&Aの株式譲渡契約の構造と買収担当者としての留意事項(FAQ編)
前回『成長戦略の後押し M&Aの株式譲渡契約の構造と買収担当者としての留意事項』のコラムを掲載いたしました。今回は素朴な質問につきまして高橋先生にご回答いただきます。
Q2:デューデリジェンスの結果、買主が、売主に対して、株式譲渡契約の締結までに、一定の事項の充足を求める場合はあるでしょうか。
Q3:補償の上限について、買主としてどのように設定することが合理的でしょうか。譲渡金額や案件の性質によっても変わってくると思いますが、補償金額の上限を決めるにあたり、何かベンチマークはありますか。
Q4:売主がファンドの場合は、十分な表明・保証が得られないケースが多いように感じますが、リスクヘッジする方法は取引の中止か譲受価格への反映以外にありますか。
Q5 : 補償請求は実務上どのくらいの頻度で発生するものでしょうか。また、発生しやすいケース等あれば教えてください。
Q6:株式譲渡契約の交渉を始める前の段階で、買主企業の実務担当者が気を付けるべき姿勢があれば教えてください。
Q7:買主企業の経営企画/M&A実務担当者にとって売主が個人か法人かで留意すべき点は異なりますか。
Q1:買主にとって十分な表明・保証が規定されるのであれば、買主側はデューデリジェンスは不要(又は軽微でもよい)と考えてもよいでしょうか。
A:十分な表明・保証がなされていても、株式譲渡契約において表明・保証違反に基づく補償請求は請求可能な金額や期間の面で限定されることが一般的であり、また、売主の資力等の問題で必ずしも補償請求によって損害を回復できるとも限りません。表明・保証は、あくまでもデューデリジェンスを補完するものですので、買主側のリスクを事前に低減し、取締役の善管注意義務を尽くすためにも、実務上可能な限りデューデリジェンスは実施すべきです。
Q2:デューデリジェンスの結果、買主が、売主に対して、株式譲渡契約の締結までに、一定の事項の充足を求める場合はあるでしょうか。
A:分散している株式の買い集めや対象とならない事業の切り出しなど、取引にとって重大な弊害となるような事項がある場合に、株式譲渡契約の締結までに当該事項の是正を求めることもありますが、株式譲渡契約が締結される前は、買主・売主間での株式譲渡についての法的拘束力がある合意が成立しておりませんので、売主も何らかの行為を強制される立場にはなく、一般的には、株式譲渡契約締結前に売主に対して一定の事項の充足を求める例は多くないと思います。
Q3:補償の上限について、買主としてどのように設定することが合理的でしょうか。譲渡金額や案件の性質によっても変わってくると思いますが、補償金額の上限を決めるにあたり、何かベンチマークはありますか。
A:基本的には個別の取引によりますので、ベンチマークがあるわけではありませんが、一般的には、保証の上限は「譲渡価格の〇%」として設定されることが多く、この割合自体は、譲渡価格が高ければ高いほど相対的に低くなりますが、補償の上限金額自体は高くなる傾向にあります。買主としては、実際に顕在化する可能性があるリスクを把握した上で、これによって発生し得る損害を十分に補填できる金額を確保することが肝要です。
Q4:売主がファンドの場合は、十分な表明・保証が得られないケースが多いように感じますが、リスクヘッジする方法は取引の中止か譲受価格への反映以外にありますか。
A:十分な表明・保証が得られないときほど、入念なデューデリジェンスを行い、できる限りリスクを事前に把握することが重要になります。また、取引の中止や譲受価格への反映以外にも、表明保証保険を利用することも考えられます。なお、あくまでも一般論ですが、売主がファンドの場合には、ファンド自身が株式取得時に十分なデューデリジェンスを行い、発見された対象会社の問題点をファンド傘下で是正しているケースも多く、相対的に対象会社に関連するリスクが少ない印象があります。
Q5 : 補償請求は実務上どのくらいの頻度で発生するものでしょうか。また、発生しやすいケース等あれば教えてください。
A:具体的な数値は分かりませんが、現実に発生し得るリスクとして売主が株式譲渡契約締結時に慎重に検討する必要がある程度(表明・保証は形式的なものだとして無視できない程度)の頻度で発生していると思います。比較的多く発生する例としては、未払賃金の顕在化等による労務関係の表明保証違反、過去に行った税務処理の誤り等による税務関係の表明保証違反、不良在庫の資産計上等による計算書類関係の表明保証などが挙げられます。
Q6:株式譲渡契約の交渉を始める前の段階で、買主企業の実務担当者が気を付けるべき姿勢があれば教えてください。
A:十分なデューデリジェンスを行って株式譲渡契約に反映する必要があるリスクを把握することは当然ですが、基本的な条件について売主と合意できた段階で、基本合意書を締結し、又は意向表明書について応諾を得ておくことで、後の株式譲渡契約の交渉がスムーズに進むことも多くあります。基本合意書等で独占交渉権が確保できれば、独占交渉期間中は他社に介入される懸念がなくなるというメリットもありますし、売主が株式譲渡契約の交渉中に合理的な理由なく翻意した場合にデューデリジェンス費用を補償する確約を取り付けられることもあります。また、特に売主が初めてM&Aを経験される個人であり、M&A経験が豊富なアドバイザーが付いていない場合などには、株式譲渡契約書の文案を提示する際に、各規定における買主の意図・趣旨を別途説明することで、誤解や感情論に発展することを予防できる場合もあると思います。
Q7:買主企業の経営企画/M&A実務担当者にとって売主が個人か法人かで留意すべき点は異なりますか。
A: Q6の回答でも述べましたが、売主が個人の場合には、ほとんどはM&Aを初めて経験される方が多いため、株式譲渡契約の内容が誤解され、いわゆるボタンの掛け違いによって交渉が難航・決裂してしまうケースもあります。一方で、法人の場合には、会社内の意思決定に時間を要する、機関決定を行えるタイミングが限られるなど、個人の場合と比較してスケジュール上留意が必要となる点が多いように思います。また、個人と法人では、相対的に前者の方が資力に限定的であることが多いため、クロージング後に補償請求を行う場合の回収リスクも高くなる点には留意すべきでしょう。
ソシアス総合法律事務所
弁護士
高橋 聖