M&Aコラム

資本コストを意識した経営とは?株主とのコミュニケーションで市場価値の向上を目指す(FAQ編)

 前回『資本コストを意識した経営とは?株主とのコミュニケーションで市場価値の向上を目指す』のコラムを掲載いたしました。今回は資本コスト経営のご理解をより深めていただくために清水先生に質問のご回答をいただいております。

【資本コスト経営に関するFAQ】

Q1:なぜ、資本コストが大事なのですか。
Q2:日本で欧米ほど資本コスト経営が定着していないのはなぜですか。
Q3:投資収益率(ROE、ROIC)を計算するうえでの留意事項はありますか。
Q4:投資収益率(ROE、ROIC))と資本コスト(株主資本コスト、WACC)を比較するうえで、留意事項はありますか。
Q5 : ご説明いただいたROICと似たものでROC(Return On Capital)という指標を見たことがありますが、違いますか。
Q6:ROAとROICの違い・特徴を教えて下さい。
Q7:ROICやROEが高い会社が良い会社でしょうか。
Q8:未上場企業でも資本コストを意識すべきでしょうか。
Q9:複数の事業を展開している企業の場合、ハードルレートのWACCは事業別で異なるものを設定すべきでしょうか。
Q10:これまで資本コストを意識した経営を行ってきていなかったため、事業部門の理解を得るのが難しいと感じています。社内にその意識を浸透させるための留意事項についてご教示ください。
Q11:資本コストを意識した経営において、短期的と長期的な意思決定で異なる点はありますでしょうか。もし異なる点があるとすれば、どのような点を考慮すべきでしょうか。
Q12:自社株買いは、資本コストを意識した経営の戦略の一つとして考えられますか。また、自社株買いによるデメリットはどのようなものがありますか。
Q13:ROIC>WACCを達成できていても、十分な市場評価を得られない場合(PBR1倍未満、PER15倍以下、等)、どのような要因・対策が考えられるでしょうか。

Q1:なぜ、資本コストが大事なのですか。

 A:資本コスト経営は、企業が投資や資金調達の意思決定を適切に行い、持続的な成長を実現するために重要です。資本コストを上回るリターンを生み出せなければ、長期的に企業価値は低下し、株主や投資家の信頼は得られません。さらに、資本コストの考え方は、財務戦略の最適化や資源の効率的な配分にも不可欠です。特に、グローバル市場においては、資本効率の高い経営が求められ、資本コストを意識しない企業は競争に取り残される危険性があります。

Q2:日本で欧米ほど資本コスト経営が定着していないのはなぜですか。

 A:わが国では、企業業績の判断指標として、売上高や利益水準、あるいは、利益率や成長率等の指標が注目されていました。これらの数値は財務諸表(貸借対照表や損益計算書等)から容易に算定できるため、広く用いられていたと考えられます。

一方、資本コスト(株主資本,WACC)は財務諸表に明確に表れないことや、企業固有の事情や判断要素を含むこと、また計算方法なども必ずしも画一的に規定されていないため、あまり馴染みがない概念でした。加えて、我が国では、銀行や事業会社が大株主となる「安定株主」構造が歴史的に根強かったため、資本コストに対する意識がそれほど高まらなかったことも資本コストが定着しなかった背景にあると考えられます。

一方、欧米では、機関投資家の比率が高く、早い段階から資本コスト(株主資本・WACC)の概念が根付いており、経営者も資本コストを意識した経営を実践しています。

Q3:投資収益率(ROE、ROIC)を計算するうえでの留意事項はありますか。

 A:投資収益率の算定においては、「分母と分子が整合しているか」に留意することが必要です。ROEでは分子には通常、当期純利益を用いますが、当期純利益は支払利息控除後の利益なので、分母は(借入金を含まない)株主資本を用います。

一方、ROICの分子は通常、税引後営業利益を用います。これは支払利息控除前の利益なので、分母には投下資本(株主資本と有利子負債を合計)を用います。このように、ROEやROICを計算する場合には、分母・分子の対応関係(整合性)を考慮して計算することが必要です。

Q4:投資収益率(ROE、ROIC))と資本コスト(株主資本コスト、WACC)を比較するうえで、留意事項はありますか。

 A:投資収益率や資本コストにはいくつかの概念がありますので、これらを比較する場合には概念を整合させることが大切です。

例えば、ROE(株主資本利益率)は株主に帰属する利益なので、株主の期待リターンである株主資本コストと概念的に整合しています。

一方ROIC(投下資本利益率)は、株主資本だけでなく有利子負債を含めて調達した企業の「投下資本」に対する利益率なので、WACC(加重平均資本コスト)と整合しています。

このように、投資収益率と資本コストを比較する場合、概念上の整合性を意識して比較することが重要です。例えば、「ROEとWACCを比較する」、「ROICと株主資本コストを比較する」というように概念が明らかに異なるものを比較しないように注意が必要です。

Q5 : ご説明いただいたROICと似たものでROC(Return On Capital)という指標を見たことがありますが、違いますか。

 A:指標にはいくつかの呼称があり、ROICが一般的と理解しておりますが、同様の分母・分子の指標をROCと表記している専門家や書籍もあります。指標の名称に関わらず、前提となる計算式を確認することが肝要です。

Q6:ROAとROICの違い・特徴を教えて下さい。

 A:ROA(Return on Assets)は総資産利益率と呼ばれ、総資産をどれだけ効率的に活用して利益を生み出したかを測る指標です。
ROAは以下のような計算式で計算します。

 計算式:𝑅𝑂𝐴 = 当期純利益(または営業利益) ÷ 総資産

ROAの計算では分母には、自己資本だけでなく負債を含んだ総資産を用います。よって、ROICとROAは概念的には類似していますが、以下のような相違点があります。

① ROAの分母の負債には有利子負債だけでなく、買掛金や支払手形などの無利息の負債も含みます。
② ROAの総資産には遊休資産(休止固定資産や余剰資金など)も含まれます。
③ ROAは企業の全体的な資産効率を簡単に計算することが目的であり、資本コスト(WACC)との比較を念頭に置いていません。

ROICは、資本コスト(WACC)と比較できるように、ROAの分母・分子を精緻化した指標と考えられます。

例えば、本業の事業で得た多額の余剰資金を金融資産で運用しているような会社の場合、ROAよりもROICが相対的に高いといった特徴があります。

Q7:ROICやROEが高い会社が良い会社でしょうか。

 A: ROICやROEが経常的に高い会社は、資本効率が高いため株主から評価され、ひいては株価が高いあるいは将来的に株価が高まる可能性がある会社といえます。

一方で、その会社の置かれた業界環境・成長性・財務安全性・現在の株価水準等を多面的に分析することが肝要です。

また、資本効率が高いことは良いことですが、企業価値の増大は、「ROE > 株主資本コスト」、あるいは、「ROIC>WACC」を満たす事業やプロジェクトへの追加的投資によって創出されます。

したがって、追加的に投資する事業やプロジェクトで(価値を生み出す)適切なものがなければ、必ずしも価値増大は期待できません。

一方、ROEは、(低利の)借入金で資金調達を行うことで改善しますが(財務レバレッジ)、多額の借入金を行うと、業界環境の変化などによって財務安全性に懸念が生じることもあります。

Q8:未上場企業でも資本コストを意識すべきでしょうか。

 A:結論として、未上場企業であっても資本コストを意識すべきと考えます。

一般的に、オーナー経営者が運営する未上場企業では、「株主=経営者」なので、資本コストが重視されず、資本コストに対する説明責任は薄いことが多いと考えられます。

しかし、実際にはオーナー自身がリスクを取っているため、資本コストを無視するのは適切ではありません。

資本コスト(WACCなど)を意識することで、投資案件の採算性を適切に評価することが可能となり、負債と自己資本の適切なバランスを考えることで、企業の財務戦略を最適化することができます。

また、銀行や投資家は、融資や出資の判断において、企業の資本コストを考慮します。とりわけ、事業承継やM&Aの局面において、適正な資本コストを把握しておくことで、企業価値の適正な評価ができ、売却や承継時の交渉力も向上します。

さらに、オーナー経営者は、会社の経営だけでなく個人事業(例えば、不動産事業など)を兼ねているケースもあります。会社の事業収益性が低下してしまい、資本コストを上回るような投資機会が見つからない場合、事業に資金を投下するよりも、個人が実施する他の投資(不動産、金融資産など)に資金を振り向けた方が有利な場合があります。

「未上場企業だから資本コストを気にしなくてよい」というわけではなく、適正な資本コストの意識は、投資判断・財務戦略・外部評価・事業承継のすべてにおいて重要です。特にオーナー企業では、オーナーの資産全体の最適化の観点からも、資本コストを考慮することが望ましいと言えます。

Q9:複数の事業を展開している企業の場合、ハードルレートのWACCは事業別で異なるものを設定すべきでしょうか。

 A:複数の事業を展開する企業の場合、ハードルレートとしてのWACCは事業別で異なるものを用いるのが妥当です。事業ごとにリスク特性が異なるため、資本コストも異なると考えるべきだからです。

例えば、企業が2つの事業(収益性はそれほど高くない安定的なA事業と技術革新が大きく収益の変動幅も大きいB事業)を実施しているケースを考えます。

この企業のWACCを計算した場合、A事業のWACCは4%、B事業のWACCは14%、全社平均のWACCは8%と算定されたとします。

仮に、A事業でROICが7%の追加プロジェクトが見込まれる場合、A事業固有のWACC(4%)を用いれば、「ROIC > WACC]なので投資案は採択されます。しかし、全社平均WACC(8%)を用いると、(ROIC<WACCとなり)投資案は却下されてしまいます。

全社平均WACCを用いると、リスクが低いA事業は過小評価され、リスクが高いB事業は過大評価される可能性があります。このような誤った意思決定を防ぐため、事業ごとに適切なWACCを適用することが望ましいと言えます。

Q10:これまで資本コストを意識した経営を行ってきていなかったため、事業部門の理解を得るのが難しいと感じています。社内にその意識を浸透させるための留意事項についてご教示ください。

 A:資本コストの意識を社内に浸透させるには、経営層や事業部門の理解を深め、具体的なアクションを通じて定着させることが重要です。例えば、以下の点に留意しつつ進めると円滑な導入が期待できます。

まず、経営層が率先して資本コストを意識することが肝要です。経営者自身が資本コストを理解し、社内で繰り返し発信することが大切です。また、取締役会等において 事業計画の策定、新規投資の判断、不採算事業の検討などを行う局面において、資本コストを用いる習慣を徹底することで、組織全体の意識を高めることが可能となります。

一方、社内において、資本コストの重要性を分かりやすく伝えることも大切です。

「資本コストが経営に対してどのような影響を与えるか」を分かり易く説明すること、特に、事業部門の理解を得るためには、専門用語を用いずに(多少正確性を犠牲にしても)分かり易い説明を行うべきでしょう。

また、事業部門は「WACC」や「ROIC」といった財務指標になじみがない場合が多いため、事業部門が日常的に使っている指標に結びつけて説明すると理解が得られやすいと考えられます。

また、社内で資本コストを意識する文化を醸成するため、定期的な勉強会を開催したり、 事業部門の業績評価にROICなどの指標を組み込むことも考えられます。

Q11:資本コストを意識した経営において、短期的と長期的な意思決定で異なる点はありますでしょうか。もし異なる点があるとすれば、どのような点を考慮すべきでしょうか。

 A:資本コストを意識した経営は、主として企業の持続的な成長や価値創造といった長期的な側面を重視していると考えられますが、短期的意思決定においても資本コストの考え方は活用できると考えられます。

短期的意思決定においては、企業のキャッシュフローを迅速に改善するための事業活動や投資案が重視されます。したがって、早期に利益が見込めるプロジェクトや費用対効果が高い施策が選ばれる傾向があります。

また、資金調達面においては、低金利での資金調達により、資本コストの低下やROEの改善などの効果が期待できます。

また、遊休資産の処分を行うことによるROICの改善、余剰資金を活用した自社株買いなども短期的な成果が出やすい意思決定と考えられます。

一方、長期的な意思決定では、資本コストの影響が長期的に作用し、より広範囲にわたる企業の戦略や成長に関係します。

長期的には、事業の成長性や戦略的投資が重要視され、資本コストを上回るリターンを確保することが必要となります。

また、長期的な視点では、自己資本や有利子負債の適切なバランスを考慮し、資本コストを低減するために財務戦略を構築することが求められます。

以上の通り、資本コストを意識した経営では、短期的意思決定においては、迅速かつ具体的な指標改善に焦点が当てられ、投資回収スピードや資金調達コストの低下、あるいは、運転資本の効率化などが重視されると考えられます。

一方、長期的には、資本コストを上回る投資リターンが得られるような戦略が求められることとなり、将来のリターンや成長戦略を重視して、持続的な企業価値向上を目指すことが求められると考えられます。

Q12:自社株買いは、資本コストを意識した経営の戦略の一つとして考えられますか。また、自社株買いによるデメリットはどのようなものがありますか。

 A:自社株買いは、資本コストを意識した経営戦略の一つとして考えることができます。自社株買いによって、余剰資金を株主に還元したり、あるいは負債を活用して資本コストを低減させたりすることができるため、重要な経営施策となります。特に、負債を適切に活用することで、WACC(加重平均資本コスト)を下げる効果があります。

また、自社株買いは、株式数を減らすことで1株当たり利益(EPS)が増加し、株主の持分が相対的に増加するため、株主価値を向上させる効果があります。

さらに自社株買いは、企業が「自社の株価が割安である」というシグナルを市場に伝える役割を持ちます。このシグナルは、投資家にポジティブな印象を与え、株価の安定化や上昇を促進すると(理論的には)考えられます。

一方、自社株買いによるデメリットとしては、将来の成長投資に使える資金が減少するといったデメリットもあります。また、自社株買いのために多額の借入を行った場合、財務リスクが高まる可能性もあります。特に金利上昇の局面では、負債コストが増加し、資本コストが上昇するリスクもあります。

また、自社株買いによって短期的に株価が上昇することがありますが、一時的な効果に留まることが多いことが挙げられます。つまり、長期的な成長に裏付けられていない、株価上昇は一時的なものに留まり、株価が将来的に下落することになります。

東証もPBR改善のためには、自社株買いなどの短期的対策ではなく、自社の資本コストを意識した上で、持続的な成長と長期的な企業価値向上の実現のために必要な投資を行うことが推奨しており、自社株買いだけに頼る施策は望ましくないと考えられます。

Q13:ROIC>WACCを達成できていても、十分な市場評価を得られない場合(PBR1倍未満、PER15倍以下、等)、どのような要因・対策が考えられるでしょうか。

 A:ROIC(投資資本利益率)がWACC(加重平均資本コスト)を上回っていても、市場評価が十分に得られていない場合、考えられる要因とその対策は以下の通りとなります。

① 成長性に対する疑念
市場が企業の成長性に懸念を抱いている場合、WACCを上回るROICを実現できていても、低いPBR(株価純資産倍率)やPER(株価収益率)に留まることが考えられます。すなわち、現在の利益率が良くても、将来の成長機会が限られていると判断されると、市場の評価は低くなる傾向があります。
このような場合には、新規事業開拓やM&Aなど、企業自身が成長の方向性を明確にし、投資家に対して将来的な成長戦略を示すことが重要となります。

② マクロ経済や業界環境に対する懸念
経済全体の動き、業界の景気後退、競争の激化、規制変更など、外部環境の影響で企業の将来が不安視され、評価が低くなることがあります。特に、景気の不透明感や業界の構造変化に大きく左右される企業は、市場における評価が低くなるケースがあると考えられます。
このような場合、市場環境や経済リスクに対してリスクマネジメントを行い、事業ポートフォリオの多様化や事業安定化を図ることが市場の信頼を得る上で重要になると考えられます。
また、競争優位の実現のため、業界内での差別化を図り、市場環境に左右されにくい企業体質を作ることにより、市場から高い評価を得ることができると考えられます。

③ 不十分な株主還元政策
ROICが高くても、株主還元が少ない場合には株主から評価されない傾向があります。特に、企業が自社内に資金を蓄積し、株主への配当や自社株買いを行っていないような場合、投資家の評価が低くなりがちです。
このような場合には、配当金の増額や自社株買いなど、株主に対する還元策を積極的に採用し、株主に利益還元する姿勢を示すことが評価向上に繋がります。
また、単発的な自社株買いよりも配当金の増額(増配)の方が、企業の長期的な成長シグナルとして効果が大きいと言われています。

④ 市場における認知度の低さ
ROICが高くても、企業が市場で十分に認知されていない場合には市場で正当に評価されないことがあります。
このような場合、投資家向けに企業の魅力や将来性を積極的にアピールするために、IR活動を強化することが必要です。積極的なIRによって市場に対する認知度を向上させることが重要となります。

清水公認会計士事務所

代表 公認会計士・税理士・不動産鑑定士

清水 久員

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